愛と憎しみの狭間

おはようございます。公認心理師・ビリーフチェンジ心理セラピストの宮﨑くみこです。

 

毎週月曜日に更新しているブログですが、先週はパソコンの不具合により、更新できませんでした

 

 

3年11カ月欠かさず続けていたブログ更新以前の私であれば、途切れることが嫌でねばならないが発動し、あの手この手で何とかしようと躍起になっていたと思いますが、

 

今回、もちろん残念な気持ちもありましたが「ま、仕方ない。こんな時もあるよね」すんなり受け入れることができ

 

やはりイレギュラーな事が起きた時に、自分の心の在り方を感じ気づくことができるなぁ。と、改めて今回体験することができました😊

 

毎週楽しみにして下さっていた方々には大変ご迷惑をおかけしてすみませんでした。

 

1-1|親を拒み憎しみを抱える生き方

 

さて、ご相談をお聞きした時【親を拒む人】もっと言えば【親を憎んでいる人】に出会うことがあります。

 

【もう関わりたくない】【声を聞くだけで苦しい】と感じるほどに、心が閉ざされてしまっている

 

 

そんな自分を「冷たい」「親不孝だ」と責めながらも、どうしても【許せない感情】が残っている

 

でも憎しみ表裏一体です。本当は拒み憎しみが大きい分だけ、

 

本当は愛して欲しかった

本当の自分を受け入れて欲しかった

本当の私を分かって欲しかった

 

という思いが同じくらい強く存在している。と言われます。

 

 

その願いが叶わなかった、人は深く傷つき、その悲しみや怒りが、やがて【強い拒絶憎しみへと姿を変えていきます

 

それは、単に【親が嫌いだから】ではないんですね。叶わぬ愛を求め続けてきた苦しみ】の表れなのかもしれません。

 

1-2|裏にある「愛の渇望」

 

人の心には

 

・分かって欲しい

・見て欲しい

・愛して欲しい

 

という根源的な欲求があります。子どもにとって【親は世界の全てだからこそ、親が自分を無視したり、支配したり、期待ばかり押し付けると、

 

・自分は愛されていない

・本当の自分には価値がない

・自分は何か欠けた存在かもしれない

 

など、様々な感覚を感じます。

 

 

心理学では、これを未完の愛着とも言います。親との関係満たされなかった思いは、心の奥で形を変え

 

・誰かに認められたい

・完璧でなければならない

・拒まれる、見捨てられるのが怖い

 

といった生き方の癖ビリーフ)】を作っていきます。

 

 

けれど、その根底に在るのはいつも愛への渇望なんですね。憎しみとは愛が絶望に変わった姿なのかもしれません。

 

愛の炎が、届かない場所で燃え続け、やがて自分自身も焼いてしまう場合もあるんですね。

 

1-3|良かれと思って

 

そして、親子の課題で言うと、虐待やネグレクトのようなケースを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、

 

実は過保護】や【過干渉もまた、子どもの心を深く傷つけることがあります。例えば

 

・あなたの為にこうしたのよ

・失敗しないように見ててあげるね

・こうした方が良いよ

 

という言葉の裏あなたは自分で判断できない自分では何もできないという無意識のメッセージが潜んでいることがあります。

 

 

子どもはそれを

 

・信じてもらえてない

・本当の気持ちを分かってもらえない

・支配されている

 

と、感じます。そしてやがて親の愛を【重い】【怖い】【窒息しそう】と感じ、親自体を拒むようになるんですね。

 

1-4|自立と分離

 

発達心理学では、人が成熟するためには心理的分離】が必要だと言われています。要は親から心の上で独立自分の価値観で生きる】ことです。

 

 

しかし過保護過干渉な家庭では、この分離が【裏切り】と結びついてしまうこともあります。

 

・【自分の意志を持つこと】=【親を傷つけること】

・【親を拒むこと】=【自分が悪い子になること】

 

 

そう感じてしまうと、人は心の自由を得るために、あえて極端に【距離を置く】という形を選びます

 

もう関わりたくない距離を取ることで、ようやく自分を保とうとするのかもしれませんね。

 

けれど、その【距離のには、無意識ながらいつも痛みがあります。それは【本当は分かって欲しかった】【見て欲しかったという痛みです。

 

1-5|親と子。という関係

 

そして親子の関係は、この世で自己他者最初の出会いと言えます。哲学者のサルトルは

 

他者の眼差しが、私を私として形づくる

 

と、言いました。つまり、他者(最初に出会う養育者)にどう見られるかが?自己認識の基礎を作る。ということですね。

 

 

親と言う他者ありのままのあなたで良いという前提で見てくれるなら、子どもは安心して自分を生きられる

 

しかし、その眼差しがこうあるべき】【こうじゃないと受け入れない】【弱くて自分で何もできない子という前提だったとしたら、

 

子どもは本当の自分】を閉じ込めて無意識ながら養育者が決めつけた子を演じるようになります。

 

私が私で在るためには、あなたがあなたで在ることが必要だ】けれど、その【あなた】が、私を理解しなかったとき、私は誰になるのだろう

 

この言葉は、哲学者「マルティン・ブーバー」の【我と汝】の思想と、実在主義哲学者「ジャン=ポール・サルトル」の【他者のまなざし】という概念を背景にした表現です。

 

ブーバーは「人は汝を通して我になる」と述べていて他者との関係が自己の基盤であること】を説きました。

 

サルトルは他者に理解されないとき、人は自分という存在を見失うと描きました。

 

上記の言葉は、この2つの思想を「心の言葉」として紡いだものです。私達は他者によって傷つく存在でありながら、同時に他者との関係の中でしか「を見いだせないんですね。

 

 

(参考文献:マルティン・ブーバー「我と汝」植田重雄 訳 岩波文庫 2014年)

(参考文献:ジャン=ポール・サルトル「存在と無-現象学的存在論の試み」平井哲之 訳 人文書院 2003年)

 

ここに、親子の関わり方の大きなヒントと、大人になってからでも自分を取り戻せるヒントが隠れていると私は感じています。

 

1-6|心理的孤児

 

さて、私達が師事する【棚田克彦先生】出版されている【あなたの運命が本当に変わる心理学】では、自分のルーツである親を拒むことは【心理的な孤児】になると言われています。

 

この言葉を初めて聞いた10年前、私は心が少し痛みました。なぜなら「親を拒むことがいけないのではなく

 

それほどまでに傷ついた心自分自身とのつながりさえ見失ってしまう】という事実が、自分に静かに突きつけられたからです。

 

 

私達は親を通してこの世界に生まれました親の性格・価値観・癖・愛し方・そして不器用さ

 

その全て【「」という「存在」を形づくる土壌」】になっています。だから、親をまるごと否定する。ということは自分のことも否定してしまうことになるんですね。

 

1-7|傷ついた小さな私

 

拒む心の奥には、いつも小さく傷ついた自分」がいます

 

 

・どうして分かってくれなかったの!

・もっと見て欲しかった!

・私も優しく愛されたかった!

 

そんな思いを抱えている小さな自分が、心の奥に居るのは、誰かに責められるためにそこに居るのではありません。

 

ただ見つけて欲しいんです。だから、自己主張するように心の中で暴れてしまいます。

 

・あなたが悲しくて怖かったこと、ちゃんと知ってるよ

・あなたをもう一人にしないよ

・あなたの傷つきを一番理解できる私がいつも側に居るよ

 

そう大人の自分から存在に気づいてもらい、声をかけてもらうことで、少しづつ癒されていきます

 

インナーチャイルドの癒しとは過去をやり直すことではなく今の大人の自分が、あの頃の自分を抱きしめ直すこと。なんですね。

 

 

1-8|本当はあった「愛」

 

親が私達を愛した方法は、子どもの頃の自分が望んだ形とは随分違ったかもしれません。

 

親自身も若くて人として未熟な時に「子育て」がスタートします。

 

いつも自分のことで精一杯に見えていたかもしれない。

 

感情を抱え込むことができずに常にぶつけられていたように見えていたかもしれない。

 

親自身が安心したいが為に、日々支配されていたように感じていたかもしれません。

 

しかし、そのいつも常に日々と、極端に感じていた中に「子どもが好きなおやつを買っていた親の思い」や「子どもの為に料理を毎日作っていた親の思い」などが実は隠れていたりします。

 

これも、実は陰陽自然の摂理なんです。

 

 

しかし私達は自分が分かる形」で受け取りたいと願います。でも、親から与えられた愛時に歪んでいて遠回りなものだったかもしれません。

 

だけど、私達が生きていて命が続いている」ということは、一体どういうことなのか?そこに答えはあります。

 

本当はあった」】を見つけることは、過去を美化することではなく自分が生きてきた道に光を取り戻すことです。

 

 

例え望んだ形では無かったとしても本当は在った」】気づくことが、自分自身を癒す第一歩になるのだと思います。

 

親との関係を癒すとは、今居る目の前の親との関係を癒すことではありません自分の心の中ずっと居る親との関係を癒していきます。

 

そして、最終的には自分との関係を癒すことでもあります。

 

拒んでいた親を、自分の心の中にスペースをつくり、迎え入れたとき同時に「自分の中の拒んでいた部分も受け入れられるようになります。

 

そうだよね。人って完璧じゃない。それは、私もあなたも。そしてそれでいい人はその瞬間瞬間を懸命に生きている。

 

そうして親を通して流れてきた命の流れがスムーズになったとき、私達は心理的孤児から抜け出して、安心して自分の人生を生きることができることを、棚田先生から学びました。

 

そうすることで」と「痛みはやがて1つの静かな「理解へと変わっていきます。

 

そして「私はこの親の元に生まれ、今この命で人生を生きている」というジャッジなく事実】を受け入れられたとき自分本来の生き方ができるのかもしれませんね😊

 

 

では、又月曜日に♪

 

※毎週ブログには書いていない事、そして馬達の写真等も配信している、公式LINEへのご登録も是非😊

こちらをクリック!