何でもしてあげたくなる
おはようございます。公認心理師・ビリーフチェンジ心理セラピストの宮﨑くみこです。
1-1|「何でもしてあげたい」気持ち
【困っている人がいたら助けたい】【子どもや大切な人に不自由させたくない】そんな気持ちは自然で、とても温かいものです。
心理学的には、人は【共感】や【愛着】から相手をサポートしたくなる傾向を持っています。

ただし、この【してあげたい】が強すぎると…
【相手のため】と思っていながら、実は【自分の安心のため】に動いている場合もあります。
| ・相手が困っている姿を見るのが辛いから
・自分が役に立つことで存在価値を感じられるから |
などです
1-2|何でもしてあげると…
一見すると優しい行動ですが、実は次のような弊害があります。
| 【自分が疲弊する】
相手の要求に応えるうちに、自分の時間やエネルギーがすっかり減っていきます。まるで「自分のバケツから水を汲み続けて、相手のコップに注ぎこんでいる」ような状態。 |
気づけば自分がカラカラに乾いてしまうんですね。

| 【相手の力を奪ってしまう】
例えば子どもの靴ひもを毎回親が結んでしまえば、子どもは自分でやる練習を失います。 |
これは大人同士でも同じで【あなたがいないとダメ】という【依存関係】を生んでしまいます。
1-3|サナギと蝶
蝶がサナギから羽化するとき、外側の殻を自力で破って出てくる過程があります。
見ていて【苦しそうだから助けてあげたい!】と、殻を破ってしまうと、蝶は羽に力が入らず飛べなくなってしまいます。
【何でもしてあげる】ことは、相手の羽ばたく力を奪ってしまうことに似ていますね。

1-4|支援者も
そして支援の現場も同じです。
自分で山登りをしている人が、何とか少し努力すれば行けそうな道にさしかかり、苦しそうにしているとします。
支援者が【大変そうだから】と言って、その人を背負って山頂まで運んでしまったらどうなるでしょうか?
その人は確かに楽に山頂へは到達できるかもしれません。けれど…。
| ・「自分の足で登れた!」という達成感を得られない
・次に一人で山を登る力が育たない ・さらに「誰かに運んでもらわなければ登れない」と信じ込んでしまう |
つまり支援者の「善意の背負う」が、相手の【自己効力感(自分にはできるという感覚)を奪ってしまう】のです。
力を奪われた側は、一時的にラクでも、長期的にはとても苦しい思いをします。

| ・自立できない不安や無力感
・人への依存が強まり、関係が壊れると大きな喪失になる ・「自分にはできない」という思い込みが強化され挑戦する気力を失う |
1-5|本当の意味でのサポートとは
心理学では【援助希求(人は必要なときに助けを求める力を持つ)】そして【自己効力感(自分にはできるという感覚)】が大切だと言われます。
だからこそ、相手が【自分でやる】経験をしながら、必要な時だけ手を貸すことが真のサポートです。

それは【してあげる】ではなく【見守る】【一緒に考える】という姿勢です。
1-6|未来を見据える
【何でもしてあげたい】という気持ち自体は悪いものではありません。
けれど、それが自分を疲れさせたり、相手の力を奪ったりするとしたら、それは本末転倒です。

本当に相手のことを思うなら、目の前の困難を取り除くのではなく
【相手が将来自分の力で歩けるようになるために「今」どう関わるか?】と言う
未来を見据えた支援が必要です。

相手のためを思うなら、まず自分を守りながら、相手が自分の力で羽ばたける【余白】を残してあげることです。
それが、実は【厳しさの愛】だと私は思います😊

では、又月曜日に♪
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