「評価」が愛される条件だった
おはようございます。公認心理師・ビリーフチェンジ心理セラピストの宮﨑くみこです。
【周りの評価・目が気になって仕方ない】【嫌われたらどうしようと不安になる】【本当の自分のままではいられない】
カウンセリングの現場で耳にするこれらの悩みの裏には【共通した背景】があります。
それは、人の目を気にするようになるまでの経緯と、そこで形成された【ビリーフ(思い込み・価値観・信念)】です。
1-1|評価=愛される条件
人は理由なく人目を気にするようになる訳ではありません。多くのクライエントさんと関わる中で見えてきたのは、次のようなプロセスです。
評価されることが日常だった幼少期、
|
・「いい子だね」と褒められると安心する ・できないと注意される ・比較される環境で育つ ・親や周囲の大人が「評価」を重視していた |
このような環境では【評価=愛される条件】という感覚が自然と身についていきます。すると子どもは
|
・嫌われないように ・迷惑をかけないように ・失敗しないように |
と、周囲の期待に沿って行動するようになります。
そして、誰かの機嫌や表情を【読むこと】が、生きる術になったんですね。

家庭環境が不安定だったり、親が忙しかったり、親の気分のムラが大きい場合、子どもは【空気を読む】ことで自分を守ります。
|
・今は話しかけていいかな? ・これをしたら怒られないかな? ・大丈夫そうだろうか? |
このように、その場の空気を読んだり、他の人が「きっとこう思ってる」というような、相手の表情や言動を先回りすることが習慣となり【他者の反応に敏感であること】が無意識ながら身を守る手段になります。
人によっては「相手が何を考えているのかが私分かるんです」と言う方もいらっしゃいます。
1-2|【本当の自分】を隠す
人からの評価を軸に行動していると。少しづつ本音がしまい込まれていきます。
|
・本当は嫌だけど我慢する ・本当は怖いけど平気なふりをする ・本当はやりたいのに、迷惑かもしれない。と思って諦める。 |
こうした積み重ねによって【本当の自分でいると危ない】という感覚が深く根付いていきます。

そこで形成されるのが【ビリーフ(思い込み・価値観・信念)】です。幼少期~思春期の経験は、大人になっても強い影響を残します。
人の目が気になる人が持ちやすいビリーフは
|
【そのままでは価値がない】 自己価値を自分ではなく他者に預けてしまう状態です ・認められないとダメ ・役に立たないと存在してはいけない ・期待に応えないと価値がない |
こうした価値観は、他者の評価を常にチェックしてしまいます。
そして、子ども時代から【見られている感覚】が強い場合、他人の目を常に意識する癖がつきます。
|
・変だと思われていないか? ・嫌われていないか? ・失敗してダメな奴だと思われていないか? |
など、世界を【監視される場所】として捉えてしまうようになりがちで、こうなると世の中自体が【怖い場所】となってしまいますね。
更に、自分の本音を出して否定されたり、ダメ出しされたり、又は何でも親の意見を取り入れてしまう経験が多いと、

|
・わがままだと思われるんじゃないか? ・迷惑な人だと思われるんじゃないか? ・受け入れて貰えないんじゃないか? |
と、感じて【素の自分】を出せなくなっていきます。
1-3|過剰な心配
人間の脳は、危険を察知するために【他者の反応】を過剰に拾います。そのため、不安が強いと【悪い反応】を過剰に拾う傾向があります。
そして、過去に否定されたり、親の言う事を聞くいい子じゃないと受け入れてもらえないような経験があると、脳は未来でも同じことが起こると予測します。これが【過剰な心配】を生みます。

また【自分で自分の価値を決める力】よりも【他者に決めてもらう力】の方が強くなってしまう状態です。
1-4|心のラベル
発達心理学的の視点から見ると、実は人の反応に敏感なのはとても自然なことでもあります。私達は乳幼児期、周囲の大人に気に掛けてもらうことで生きてきました。

他者の表情や声色に敏感であることは、生存にとって必要な能力の名残でもあります。思春期に入ると、仲間との関係が最も重要になり、集団から外れることは脳にとって大きな脅威です。
その時期に身に付いた【皆に合わせなければ】という感覚が、大人になっても繰り返す人も多くいます。
哲学の世界でも、古くから【他人の視線】が人間をどのように縛るのか?が、語られてきました。

フランスの哲学者サルトルは【他者の視線は私達を「こうあるべき存在」に押し込める力を持つ】と説明しています。
しかし、同時に他者の視線を絶対視することを手放した時、人は初めて主体的に生きられる。とも言います。
古代のストア派の哲学者たちは、コントロールできないものに心を支配されないことこそ【自由】だ。と説きました。

つまり、他者がどう思うかは、自分にはどうにもできないことだから、それよりも【自分がどう在りたいか?】を選ぶことの方が大切だ。ということです。
評価というものは、世界そのものにあるわけではなく【心が勝手につけているラベルに過ぎない】ものかもしれません。
誰かの表情を【私を否定している】と解釈するのも【大丈夫だ】と解釈するのも、実は自分の心の習慣(ビリーフ)が選んでいるんですね。
1-5|内側の声を信じる力
人の目を気にしてしまうのには上記のような、様々な理由があります。それは、弱さではなく、これまで一生懸命に生きてきた証です。
ただ、その努力が今は苦しさとなってしまっているんですね。
では、ここからどう自由になっていけるのでしょうか?
その第一歩は【人の目を気にしてしまう自分】を責めつつも、先ずはなぜ?そう感じてしまうのか?を【知ること】です。

人の目が気になるのは、あなたが繊細で、周囲の気配をよく感じ取れる力を持っているからです。
その力は、環境によっては人を支えたり、共感したりできる大切な資質でもあります。
そんな中、あえて小さな不完全さをそのままにしてみること。そして安心できる誰かとの関係を1つ持つこと。

そんな小さな実践が、外の視線よりも内側の声を信じる力を育ててくれます。
あなたは、あなたの人生を生きていい。
周りの期待に合わせて生きるよりも、自分の声に耳を傾けながら生きる方が、ずっと温かく、ずっと豊かです。
もし今、誰かの目が怖く感じているのなら、自分を責めてしまう気持ちも感じながら、そっと胸に手を当ててみて下さい。

すると、あなたの中には【自分を生きたい】という小さな灯火があることに、きっと気づけることと思います。
その灯火に気づいてあげる。そして、信頼でき、安心できる1人として、私達セラピスト、カウンセラーが居ることを、忘れないでいて下さいね😊
では、又月曜日に♪
※毎週ブログには書いていない事、そして馬達の写真等も配信している、公式LINEへのご登録も是非😊


